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中3 人権作文 サンプル

川崎市ヘイトスピーチ取り締まり条例について

来富 太郎

 

 先日、私たちが住む川崎市が新しく制定しようとしている条例の素案がニュースをにぎわせました。差別撤廃条例と名付けられたその条例は、特定の民族や人種を侮辱したり国外に追放しようという趣旨のデモ、いわゆるヘイトスピーチを行ったものに対して、五十万円以下の罰金刑を科すという内容のものでした。

 私は川崎市川崎区でヘイトスピーチが盛んにおこなわれているという事実について、以前によんだ書籍「ルポ川崎(磯部亮著)」で知りました。あまり気分のいいものではないと思いますし、個人的には良い施策だと感じたのですが、インターネットのニュースによせられたコメントにはこの条例に反対する内容のものが目立ちました。その多くが「表現の自由が侵害される」、「日本人に対するヘイトはどうなるんだ」という趣旨のものでした。もちろん様々な理由や考えで反対する人たちがいることも認める必要がありますが、彼らの心配が妥当なものかについて中学生の私が考えてみることもまた必要だと感じて、今回の人権作文(弁論文)のテーマにしました。

 まず外国人の人権について考えます。川崎市川崎区には、様々な背景や理由で日本に居住する外国人がたくさん居ると聞きました。外国人とは言っても、日本で生まれ育ち日本語を話す人がたくさん居ます。その彼らには、日本国憲法第十四条の「法の下の平等」が保障されるべきだと考えます。「人種・性別・信条・社会的身分又は門地により、政治的、経済的、又は社会的に差別されない」以上は、彼らの人種を根拠に国外へ追放しようという趣旨のデモが憲法の理念に対立するものであることは明白です。外国人が安心して暮らす権利を侵害していると思います。そして地域社会がそれを咎めることは、やはり憲法の理念にしたがって外国人の人権を守るために必要なことだと思います。もし仮に私自身が外国人だったとして、道を歩いているだけなのに知らない大人から威圧的な態度で「出ていけ」と言われたら、とても悲しいですし困惑します。そのような状況を放置するべきではないと思います。

 次に、外国人ではなく地域の住民の権利について考えます。私たちには「経済活動の自由」が保障されています。経済と外国人差別、一見関係が無いように思われますが、私はこの経済活動の自由もヘイトデモによって脅かされていると思います。例えば、私がタピオカミルクティを買おうとしている時に、口汚く外国人を罵倒するヘイトデモが横切ったら、楽しくタピオカミルクティを飲む雰囲気ではなくなってしまうと思いますし、購入しない可能性があります。そうした場合に、もともと憲法の理念に抵触している上に、実効性も必要性も認めにくいようなこのヘイトデモは、私が商品の購入をするのを邪魔すると同時に、店舗の収益機会も奪います。そうなればヘイトデモは明確に私や店舗の「経済活動の自由」も阻害することになります。

 また、経済活動という観点からもう一つ言うならば、頻繁に行われるヘイトデモは地域のイメージを大きく損なう恐れがあります。もしも私が将来自分の住む土地を決める時に、どんなに気に入った家が見つかってもその地域で毎週のようにヘイトデモがあったら、家の購入をためらいます。川崎はターミナル駅として、都市の開発と発展を考えた時に重要な場所に位置していると言えます。その川崎の沿線価値の向上に寄与しないどころか、それを大きく棄損する恐れが強いヘイトデモに対しては、経済的な観点からも何かしらの抑止力が必要だと私は思いました。

また、権利とは関係ありませんが、デモの抑制のための啓発活動やトラブルを防ぐための機動隊や警察の出動などといった行政コストを考えても、ヘイトデモは守る価値のある表現だとは考えにくいです。

 とはいえ一方で、同条例が「刑事罰を盛り込んだ実効性のある表現規制」であるということは事実です。それを懸念する声が上がること自体は決して咎められるべきではないと思いますし、適切な運用がなされるかどうかを市民が監視していくことは重要だと思います。ですが、それはどんな法律や条例に対しても言えることです。

 私たちに表現の自由があることは確かですが、「公共の福祉」という観点で考える時に、ヘイトデモによって損なわれる外国人や地域住民の権利の方が大きいように私には感じられます。また、同条例の素案においては発言の趣旨そのものを糾弾しているわけではなく不適切なデモ行為を自粛するよう求めているだけであって、思想や言論の自由を侵害する性質のものだとは考えにくいです。ですので表現の方法を変えるか、もしくはどうしてもデモ行為がやりたいのなら、六本木にでも青山にでも行けばいいと思います。そもそも川崎でそうしたデモが多いのは、都内で行われた同様のデモが締め出しをくらった結果川崎に流れ着いたという話も聞いたことがあります。

 同条例の素案ではまた、表現の自由に対する配慮から、刑事罰の適用の前に二度の警告を行うことが義務付けられています。安易な公権力の濫用を防ぐ意思の感じられる、良い設計だと私は思います。

 反対意見に関して最後に、「日本人に対するヘイトはどうなるんだ」という意見に対してですが、何人が相手であってもヘイトデモとしての要件を満たしていると判断されれば取り締まられるので、彼らが何を心配しているのか私には分かりません。川崎市内においてあらゆるヘイト「デモ」が取り締まられるという話です。思想としてのヘイト、レイシズムを取り締まるような意図のある条例ではありません。

 私たちは一人一人異なる考えを持っており、そのこと自体は尊重されるべきです。ただ、権利と権利が衝突するような場合においては今回の条例のような形でそれが調整されることになります。私たち一人一人が自らの良心に基づいて良識ある判断をしていく必要があり、それができなくなるとこうしたルールが増えて行政の権利が肥大化していく結果を生みます。自由な日本の社会を創り守っていくためにも、私たちの一人一人が人権について理解しておくことが重要だと今回の事件を通して感じました